20日月曜、戦争中も訪れたバビロンの近くのH病院を再訪。米軍のクラスター爆弾により一家族全員が被弾し、その中でも両腕と下半身にひどい傷を受け「ブッシュはテロリストだ・・・」とうめき苦しんでいたあの少年Fの安否を知りたかったからだ。戦争中は緊急事態で各病院からドクターが借り出されていたようで、当時あの家族を診たドクターを見つけられなかったためになかなかFの手掛かりを得ることが出来なかったが、何人か看護婦があの家族のことを覚えていてくれた。聞いてみるとFの父親はバース党員だったらしく、バグダッド陥落直前に少年を連れて病院を脱出してしまい、おそらく今はバグダッド周辺にいるのだろうがどこにいるのかわからないということだった。戦争中サダム政権は特にバース党員に対し、アメリカに対する攻撃が成功した場合、もしくは逆にアメリカの攻撃を受けて住居など破壊された場合に、900万イラクディナール(当時のレートで約40万円くらいだろうか)ものお金を渡していたらしいのだが、Fの父親もそうしてお金を受け取った一人だったらしい。とくにHではそうしたバース党員は恨まれていたようで、サダム政権の終焉とともに殺されてしまうと身の危険を感じた父親が、家族を連れて逃げたに違いないと言っていた。そう話す看護婦達ももうバース党のことは思い出すのもいやといった感じで、あんな連中どうなったってもう知らないとのこと。あの傷の状態で病院から連れ出されたフェラは今どうなっているのだろうか。父親がバース党員だった故の悲劇であろう。イラク復興の影では、きっとこのようなうち棄てられた人々がたくさんいるに違いない。